スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

しばいぬのアイマスSSかんそう

なにはともあれ、まずはちょっと宣伝から。
この度ひつじ、夏コミで頒布されます放課後の百合霊さんの合同誌に寄稿させて頂いたのです。
詳細はこちら、ラブロック組合同誌企画「愛とロックとアイスキャンディー」特設ページから。
有遊愛来さんと古場陽香さんのカップリングをテーマにした本になります。
がんばって書いたのでみんな買ってね!(この上なくストレートな表現)

そんなこんなで、最近夏バテ気味なひつじは同じ合同誌に参加した畜s……どうぶつさんになんか感想書いてよと脅迫お願いしてみたところ、なんと書いてもらえました。
そういうわけで、今日の感想はタイトルの通り柴犬さんのものになります。




 こんばんは。通りすがりの柴犬だよ。
 最近夏らしい季節になったこともあってか、日に日に上昇していく気温に舌を出しては、そろそろ生えそろってはくれないかという自身の抜けまくる冬毛にやきもきしているところだ。しかし腐っても柴犬な私は、たとえどれだけ暑かろうが肉球が焼かれようが散歩の時間を忘れたことなど一ミリもないわけで、まあそういうことでその日も元気にネットという膨大な道を歩いていたわけでしてね。ネットってすごいですよね。なんたって自身の作品をアップロードして、どうだいこの作品は面白いだろうと見せびらかすことのできるSNSサイトなんて、ごまんとあるのですから。最近柴犬がひいきにしているのはイラストコミュニケーションサイトのひとつで、数年前から小説機能も動き始めたところなんですが、まあこの数年で万を超える作品が、いまもどこかでその記録を伸ばしていて、これ、文字をすべて数えたら、十万を超えたあたりで柴犬はきっと活字の海に飲み込まれてしまうだろうなと思うほど大量に作品が投稿されているわけですよ。しかもその流れがはやいはやい。ゆえに見つけられなかったものや見落としてしまったもの、多くのタイトルとリンクのはざまに飲み込まれて忘れ去られてしまった作品なんてものも、少なからず存在すると思うわけです。まるで空を流れる流れ星に願いをかける間にね、消えてしまうようなんですよ。そんな中で、すてきなセンテンス溢れる自分好みの作品に出会うなんて、これはもはや奇跡なんじゃないでしょうか。
 とまあ取りつく島もない海を優雅に流されていたらぽっと浮き上がってきたのが『那由多の向こう、不可思議の奥へ』という作品だったというわけ。それを見つけた柴犬といえば、必死の犬かきで膨大な海を、数千文字という文字を手繰り、氏の確立した世界観にほうとため息をついたりした。


 青春という言葉があって、その言葉の適齢期にあたる時間を青春時代なんて言うけれど、じゃあ青春とはなんぞやというところから始まって、調べてみると「人生における若く未熟で、しかしながら元気で力に溢れた時代を指すようになった。」とあるじゃない。じゃあ夏空色した概念のメガネをかけてみたらどうですか。この作中の二人、七夕の日に待ち合わせして学校に忍び込んでしまうようなスリルと熱と夜風の涼しさに目を細める二人は、青春時代を歩んでいると言えるのではないでしょうか? はい、おおいに青春しとります。ということを言いたいのですよ。

 でもこの二人の、アイドルにとっての『青春』っていうものは。

 たとえばそんなことを考えてみるとして、彼女らアイドルの日常とは、作中で千早と春香が出逢うほんの数時間前の仕事のことであったりレッスンのことなんじゃないかな。アイドルってつまりそういう人たちのことでしょう? ならば、もし、この二人が仕事を終えて、言うならば仕事とレッスンの日常から逃げ出して逢引をしているのだとしたら。そうして七夕を過ごす二人が、『普通の女の子』ならそれこそ日常的に足を運んでいるはずの学校に忍び込むのだとしたら、それは青春ではなく逃避行なんじゃないだろうか。『普通』ならば当たり前であったことが、アイドルという役割を背負っていることで『普通』ではなくなった。だからこそ本来ならありふれている『普通』の切れ端は二人にとって尊い経験と時間で、それを彼女らはわかっているからこそ、こっそりと、二人きりで学校に忍び込んじゃったりしちゃったんじゃないかなあ。と考える。
 もうこの時点で春香と千早、そしてその物語を見ている読者(わたしたち)の間に、どれほどの距離があるかなんとなくわかってしまう。しかしこの作品は、それ以上にわたしたちとはるちはを引き離しにかかっていて、それはこの作品にある三人称の敬体のせいだと私は踏んでいる。

 私が思うに、敬体というのは二面性を持っていて、(もしかするともっと多様な性質を見せるのかもしれないけれど)一人称の敬体ならばキャラに寄り添うような形なのに、三人称になると途端突き放した印象を受ける。それはまるでとあるアイドルたちの『事象』を見つめている「第三者」と同じ目線を、しかしブラウン管越しに眺めているように錯覚するのだ(ブラウン管はもう古いか…)。
 というわけで、この作品から絵本のような印象を受ける理由を探すとしたら、敬体の三人称を通して見ることで生まれるなにかに求められるんじゃないかなあ。


 彼女たちは『普通』の青春を謳歌しようとして、けれどそれは叶わなかった。だって彼女らは真夏の一ページにと学校に忍び込んで、ふたりで空を見上げたって、考えることはライブと、アイドルと、アイドルとしてのわたしたちのこれから、なのだから。けれど、私の目には確かに、青春を青春たるものとして歩むふたりがいる。だって、

 小学校を取り囲む、塗装のはげたフェンスを春香は空いた手でなぞって行きます。トントントントン、と鈍い金属の震える音と針葉樹とは違った葉の掠れる音が静かな夜に響きました。

 ここなんて読んだ瞬間に「夏の太陽の下、海沿いの防波堤の上を歩く子どもみたいじゃあないか!」なんてふっと頭に浮かんでしまったのだからね。
 彼女らはアイドルだ。春香も、そして千早も。それはどうしたって忘れることができない。忘れるわけがない。自分たちの未来がどうか幸せでありますように。この祈りは一見『普通』に見えて、実はとても深い。アニメ・アイドルマスターの5話を彷彿とさせる、どこかしんみりとした雰囲気の中、千早は春香のことだけを思い、願っている。けれど、春香は。彼女は千早だけを見ているわけではないのだ。彼女は「みんな」が大好きだから。近くでいっとう輝くベガを指先であやしながら、そのずっとずっと向こうの星屑に思いをはせる。それはとてもきれいで素晴らしい心がけだけれど、いつか遠くを見すぎることで壊れてしまうのではないかというはかなさも感じられるのだ。春香は、銀河を抱いている。

「頑張ろうって、思えるんだ」
「そうね」
「見えなくても、頑張ろうって」
「ええ」
「願い事じゃなくて、私が叶えるべきことなんだよね」
「私たちが、ね」


 それでも千早は春香のことを願いつづける。どうか春香の願いがかないますように。ああなんて素敵な友情なのだろう! 隣にいるのに、視線はいつだって交わらないこの距離感がほんとうに素敵。上で引用した会話の中、春香さんが最後に返事をしなかったところでも凄く顕著だなあと思った。


 と、まあそんなわけで、一方通行の関係性というものが大好きな柴犬は、これを読み返しては幾度となく笑みを浮かべながら、今日も海をどんぶらこどんぶらこされていくのでした。感想終わり。

 最後に、彼女たち二人の幸せがいつか、一つのものになったとして。その瞳にお互いの姿を映しあう日が来るのだとしたら、それはきっと、どこまでも深い紺色をした天蓋の客席から、星の輝きをサイリウムにして地上のステージを見下ろしていた『読者であるわたしたち』の幸せでもあるのではないかと思う。だからこそ、いつまでも、いつまでも、二人には『普通』の青春と、そして同時にアイドルとしての未来を追い求めてほしいのだ。なんて、柴犬は思います。

 数え切れないほどのかがやきを、きらめきを、またたきを、その腕に抱く春香なら。
 それはけして欲張りなことではないんじゃないか、とも私は思わずにいられないのです。



はい、ひつじに戻りました。
いつものひつじ感想と違って長文ですね。長文です……。
やめよう。次回の更新にプレッシャーがかかるだけなので忘れよう。
ちなみにひつじも、この作品はとらのさんの書かれたものの中で一番お気に入りです。
柴犬さんも書いてましたが、絵本のような雰囲気の文章がすきなんですよね。
やさしい、やわらかい雰囲気を楽しませてくれつつ、遠く遠く果てを感じさせてくれるステキな作品なので、ひつじからもオススメです。
それでは今回はこの辺で。
それにしても暑い……。羊毛脱ぎ去りたい……。

comment

管理者にだけ表示を許可する

10 | 2017/11 | 12
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
プロフィール

どうみてもひつじ

Author:どうみてもひつじ
ウール100%でお届けしております。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。